なぜ読書が必要か?本を読む子と読まない子の違いは大きい!

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しぶやん

公立小学校で15年勤務した後、退職。
現在は、アメリカ・香港・ペルー・インドネシアなどの小・中学生に日本の教育を届けている。日本の文化と住まい・暮らし方との関係を追求し、建材メーカーと共に日本の暮らしを研究している。
「なぜ、人は学ぶのか?」「学ばないといけないのか?」元教員の視点も交えつつ子育てに関する情報を発信している。

ある小学生がこんな面白い質問をしてきました。

「本を読む」っていうのは、面白いからとか、分からないことを知りたいからでしょ。それなら、みんな大好きなYouTubeを見たり、ググったりしたらいいじゃない。
けれど、多くの大人は、YouTubeを見たり、ググったりしていたら「いつまでやってるの!」と怒るでしょ。反対に本を一生懸命読んでいても叱りません。
本もネット(YouTube・検索)も大して変わらないと思うけれど、どうして大人の態度はガラリと変わるのですか?

意外にも、この質問をした子は、かなりの読書家なので、とても印象深い質問となりました。

この機会に、

なぜ、ネット利用を推奨せず、「本を読もう」と言われるのか?

子ども達と一緒に考えてみました。

 

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【小学生の子ども達の考え】成績が良くなるからじゃないの?

本を読む必要性について、小学生の子ども達に意見を聞いてみると、圧倒的に

成績がもっと良くなる様に本を読む必要がある

という声が多かったです。

確かにこの様な要素もありますが、「成績の為に本を読む」と考えている大人は決して多くないはずです。

にも関わらず、子ども達がこの様に理解しているということは、私たち大人が読書について話をする表現の仕方を今一度考える必要があるということを子どもは教えてくれています。

何より、「成績のため」になってしまうと本を読むことが楽しいに繋がらないのではないでしょうか。

 

意外と語られない読書が必要な理由3選!

子ども達が言う通り、「成績を良くするために読書をする必要がある」と考えるのであれば、

  • 読書以外の方法で成績を伸ばす方法があれば、それでいいのか?
  • YouTubeや検索を活用して成績が上がるのであれば、子ども向けの本は必要ない。

ということになりそうです。

そこで、上記の様な質問をしてみたところ、

かすみちゃん
かすみちゃん

本は成績のためにもなるかもしれないけれど、自分の世界に浸れるっていう良さもあるんじゃない?

マナブくん
マナブくん

でもさぁ…YouTubeとか映画を見ても自分の世界には浸れるぞ。

こんな返答もあり、もう少し深く読書の必要性について考えてみました。

読書をするメリットは数え切れないほどありますが、ここでは、他では滅多に語られることのないもの3つに絞って紹介します。

読書が必要な理由1 創造力が自然と鍛えられる

読書が必要な最大の理由は、

文字に書かれたことを自分の頭で映像にする創造力が鍛えられる

これに尽きると言っても過言ではありません。

例えば、

ぐうちゃんから外国のちょっと洒落た封筒で、僕に手紙が届いたのは、それから4ヶ月くらい経ってからのことだった。珍しい切手がいっぱい貼ってあった。

(椎名誠・アイスプラネットより抜粋)

世界中を見てきた「ぐうちゃん」の「ほら話」の数々に、日常を見る目が変わる。中2国語教科書(光村図書)に収録されている「アイスプラネット」の、つづきの物語!

この文を読んだだけでも、あなたは頭の中に風景を作ったはずです。

しかも、その風景は、あなたが作ったもの・私が作ったものとで全く違うのです。

そうなる理由は、

  • 私とあなたがこれまで見てきた「珍しい切手」の種類は大きく異なる。
  • 「外国のちょっと洒落た封筒」も人によってイメージが異なる。

つまり、

私たちがこれまで経験してきたことを総動員して、新しい風景を作っている

ということです。

だから、子どもの頃読んだ本を大人になって読み返すと、印象が大きく変わった…なんてこともおきるのです。

本を読み、理解していくという作業の中に、「人生を背負う」ということも行われているのです。

YouTubeや映画になると、誰かが頭の中に作った世界を表現したものになりますから、本に比べると、人生を背負う量が減るために、楽なのです。

 

読書が必要な理由2 コミュニケーション能力が格段に高くなる

読書をして、内容を理解するには、

これまでの人生経験を組み合わせて、筆者の世界観を想像する

こんな作業が必須です。

これは、まさに、コミュニケーションに必要な能力「相手の想い・考えを想像する」ことと全く同じです。

「コミュニケーション能力が高い」なんていう表現がありますが、それは、「言葉の裏側にある相手の意図」も想像することができ、会話することができるということ。

つまり、本を読み、その世界観に浸るということは、本を通して、筆者・編集者と密かにコミュニケーションをしているということです。

ですから、私は「本を読むことはコミュニケーションしていること」と表現することもあります。

金田ママ
金田ママ

じゃあ、ネットで検索して何かの記事を読むっていうのもいいんじゃないの?

こう思われるかもしれませんが、ネット記事を丁寧にあなたは読むでしょうか。

私ももちろん「検索」を利用する機会がたくさんありますが、それは、想像することを求めているわけではなく、「答え」を求めているために、雑な読み方になるのです。

本を読むとは、少し目的が違うことが多いのです。

 

読書が必要な理由3 日本語での読書から優しさを学べる

そもそも、「言語の構成」そのものから、その地域の方々の考え方が見えてきます。

例えば、

  • 夕飯はお寿司にしましょうか。【日本語】
  • Would you like to eat sushi for dinner?【英語】

日本語は、「曖昧なところがありはっきりとしない」と良く言われますが、日本人は他人に配慮すること(優しさ)を大事にしてきたために、曖昧さが至るところで感じられます

ところが、上の例文の英語を直訳すると、

あなたは夕飯に寿司を食べたいと思っているでしょ?

こんな感じです。

極端な言い方になりますが、あなたはどう思っているの?はっきりとしなさい!という様な迫った感覚を私たち日本人は感じるでしょう。

どちらが良い・悪いという話ではありませんが、純粋な日本語の文章に触れるということは、至るところで「優しさ」に触れるということになるのです。

言葉というのは、言葉自身の意味だけではなく、その地域の人々の考え方が、自然と背負われているのです。

詳しくは、英語はなぜ複数形があるの?【文法嫌いだからこそ考える】も参考にしてください。

英語はなぜ複数形があるの?【文法嫌いだからこそ考える】
日本語には明確な複数形がありませんが、英語には複数形があります。ところが、例外のものも多数あります。こうした例外に出会うと、嫌になるものですが、もう少し深く考えると面白いことに気付かされます。なぜ、複数形があるのか、歴史的なことも踏まえて考えてみました。

 

こうして本を読むという行為を詳しくみると、

  1. 相手(筆者)の考えを想像したり、創造する力が鍛えられる。
  2. 相手の考えを想像することを通して、コミュニケーション能力が高まる。
  3. 言葉に触れることで、地域の文化・思想を理解することができる。特に日本語の場合は、優しさを身につけることができる。

ということです。

 

本を読む子と本を読まない子どもの大きな違いは?

ぶっちゃけ、本をほとんど読まないけれども、学校の成績は優秀!という子もたくさんいます。

ただ、先日、国立病院の人事を担当している方と話をしていて、「自分らしく生きる」ということはこういうことかと改めて痛感しました。

具体的にこんなことを言われていました。

  • 偏差値の高い大学を卒業したドクターを求める風潮はなくなった。
  • 専門的な医療技術ももちろん大切だが、それ以上に患者の気持ちを想像しながら、患者と一緒に回復を目指そうという姿勢が感じられる人が欲しい。

この時点で、あなたは本を読む子と読まない子の違いを何となく感じることができたはずですが、私が学校現場でこれまで関わってきた子ども達が大人になった時の様子を交えてもう少し詳しく解説します。

本を読みまくる社交性が低い子どもは大器晩成型!?

学級担任をしていると、必ず「地味な本の虫」の様な子どもに毎年出会います。

友達と積極的に関わることもなく、休み時間には黙々と本を読むような子どもです。

小中学校でこの様な状態だと、保護者の方も将来を心配されますが、私が知っている限り、この様な子ども達の多くは、大人になってから可愛がってもらえる傾向が強いです。

内気な子どもの社交性が激変することは滅多にありませんが、「なぜか、上司・先輩に好かれる」というケースが多いのです。

そうなる理由は、本人さえも意識していないところで、相手の気持ちを想像することができ、それに合わせた受け答えができるからだろうと思っています。

私たちは、人生の多くの時間を仕事に費やしますが、その職場で、人間関係が円滑であることがどれだけ有意義かは、上のグラフを見れば分かるでしょう。

 

とくにかく勉強だけを一生懸命にしてきた子どもは苦戦する

先に触れた国立病院の人事担当の方が、患者の気持ちを想像しながら、患者と一緒に回復を目指そうという姿勢が感じられる人が欲しいと言われたのは、切実な願いのようです。

いくら専門的な知識が豊富にあっても、患者とのトラブルが後を絶たないようであれば、仕事がスムーズに進まないということでした。

そのために、ここ最近では採用時に見るポイントを変えたということも言われていました。

人は誰もが「認めてもらう」ということを本能的に求めています。

この認め具合をどの程度深くしていくかがとても重要で、それを鍛えられるのが、本を読むということではないでしょうか。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。

刺激的なコピーで溢れている時代ですが、文字の読み手も本当は、もっと深い部分が知りたいんじゃないかなぁって思います。

「たった1ヶ月でみるみる成績が上がる!」なんて言葉もありますが、本当の意味で学ぶ・子どもを育てるのに、膨大な時間を費やしてもいいと思うのです。

家の前の木に、鳥が一生懸命、巣を作っています。

ほんの少しの草木を拾ってきては、巣に貼り付け…という地味な作業をここ数日ひたすら繰り返し、ようやく立派な巣になってきました。

読書で想像力・創造力を鍛えるというものそういうものじゃないかなぁって思います。

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